小中高一貫教育の学校ACGで生徒たちにヘルシーでフレッシュな食事を提供するカフェテリアのオーナー原瀬輝久さんはニュージーランドでビジネスを成功させた日本人の一人である。アジア人がいなかったカフェ業界に飛び込み、長年にわたり築いてきたのは人脈という財産であり、そのネットワークは彼を一人のバリスタという立場からカフェのオーナーへと導いた。そして次の目標はニュージーランドのコーヒー会社のオーナーとの共同出資による日本での展開だという。
【Profile】 |
ニュージーランドのカフェとの出会い
ニュージーランドに来たのは1991年でした。日本で就職したのがニュージーランドの旅行会社で、上司から「行ってみるか?」と言われ、そのまま来てしまったのです。この国での任期を終えてからはアメリカに約1年半行き、その後、再びニュージーランドに戻ってきました。そのときはニュージーランドの普通の仕事、つまり、地元の人の社会に入って仕事がしたいと思っていましたので、プリンター工場で働きました。そこで数年働き、次の仕事としてカフェで働くことになったのです。もともとカフェが好きで、コーヒーが好きで、住んでいるところもカフェの多いポンソンビーでしたので、自分でコーヒーを作りたいなー、というかる気持ちで働き始めたのです。たしか95,96年ごろだったと思います。当時のカフェは今とは違い、少し乱暴な表現ですが「行けば雇ってもらえる」ような感じで、バリスタという言葉自体もまったく知られていないときでした。そんな時代でしたから、アジア人でコーヒーを作る人もほとんどいません。おそらくカフェで働くアジア人は私ぐらいだったのでしょう、ですから、コーヒー豆を卸している会社の人たちの間でも話題になり、多くの人にかわいがってもらっていました。その頃からつながりがある人たちとは「当時は誰一人として、今のこの国のカフェ業界の状態を予想している人はいなかったよね」とよく言っています。
バリスタという世界
それからはずっとバリスタとして働いてきました。今でもそうなのですが、この業界は案外狭く、誰がどこで働いているのか、卸し業者の人も含めてお互いに把握しており、この店に誰々が入った、あの店の誰々が辞めたという情報がすぐに回ります。ですから、お店をやめても「うちに来ないか」、「あそこの店でバリスタを探しているぞ」と即座にどこからか電話が入ってくるのです。そんなこともあり、絶え間なくバリスタとして、そしてカフェのマネージャーとして働いてきました。そうしたなかで独立して自分の店を持ち、切り盛りし始める人もたくさんいましたが、私自身はまったくその気はありませんでした。実際、マネージャーともなればお給料もそれなりに頂けますので、苦労して経営を考え、コーヒーを作る位置から離れてしまうこともないだろうと思っていたからです。
経営者という世界
ところが、転機が訪れました。現在カフェをしているACGの人からカフェテリア(学食)をやってもらえないか?という打診があったのです。学校側は生徒たちにフレッシュで健康的なものを提供したいという考えがあり、偶然、私のところにその話が来たのです。それまでにはオークランド大学のカフェも2軒ほど見ておりましたので、学生対象のノウハウも持っていましたし、なにより新しいことに挑戦してみたいと思っている時期でしたので、引き受けることにしたのです。こちらのカフェで出しているメニューはパスタやサンドイッチなどはもちろん、日本食もあります。一日に作るのは平均で300食以上、学校からのリクエストであるフレッシュな食べ物ということで、毎朝4時半に来て作り始め、10時45分からスタートし午後の3時には終了するという朝型のスタイルです。もちろん私の原点であるコーヒーのサービスも行っております。
日本でのカフェ展開
現在はカフェの経営のほかに、日本でのカフェ展開という新しい共同事業に携わっています。バリスタ時代から多くの業者の人と知り合い、そのネットワークは広がっていたのですが、その中の一人である「オールプレス・エスプレッソ」のダイレクターであるマイケルさんとは昔から仲が良く、彼の展開する世界への進出のひとつである日本マーケットを共同出資で一緒に行うことになったのです。彼もまた、私たちが知り合いになった頃にはニュージーランドのカフェ業界が今のようになっているとは思ってもみなかったでしょうし、まして日本や世界に進出できるとは思っていなかったことでしょう。オールプレスは非常に日本っぽい気質を持っている会社で、営業の人はまめにショップを周り、機械のメンテナンスを含めて顧客の面倒をよく見ます。また、ほとんど「ノー」と言わず、なんでもやってみようという精神で仕事に取り組んでいます。そんな社風であればこそ日本でのチャンスも望めると思ったのです。その反面、日本には素晴らしい品質のグリーンビーンが入っていますので、その中で、豆を炒る工房であるロースターとカフェとを併設させて展開するという私たちのコーヒーのスタイルがどのように広がって行くかは未知数な部分もあります。しかし、こうした新しい事業に最初から関われるのは大変魅力的なことだと思っていますし、日本でも多くの人に美味しいコーヒーを提供していきたいと思っています。