Vol.47 時代を飾るキウイ ファッションウィークCathy Campbellさん


Air New Zealand Fashion Weekのコミュニケーションズ・ダイレクターのキャシー・キャンベル。ファッションウィークの裏方として、全てのメディアの対応及び、メディア・センターの運営を任されている。

2002年の第二回NewZealandFashion Weekからメンバーに加わり、今年で4回目を迎えるキャシーは、今やすっかりファッションウィークの顔としてメディアにも広く知れ渡っている。彼女のコネクションによって、ファッションウィークに集まる国内外のメディアやセレブたちも少なくない。

彼女の顔と名前を知る一般ニュージーランド人も多い。と言うのは、80年代から90年代にかけて、ニュースキャスターとしてTVNZの夜のニュース番組やスポーツ番組で活躍していたからだ。更に、彼女のご主人はTV2のSports Cafeのリック・ソリゾとあって、キャシーの業界へのコネクションの強力さも納得できる。ファッションウィークのオーガナイザーとしてはピエタ・スチュワートが前面に出、キャシーは陰のサポート役だが、なくてはならない縁の下の力持ちなのだ。

ファッションウィークCathy Campbellさん

Cathy Campbell
キャシー・キャンベル
CCC代表/ANZFW コミュニケーションズ・ダイレクター

ウェリントン生まれ。TVNZのニュースキャスターからピーアールへ転身、2002年よりANZFWのメディアを取り仕切る。その人脈の広さ、キャラクター、仕事の完璧さには定評がある。趣味はテニス、ボクシングなど。14歳の息子とご主人と共にオークランドに暮らす。
(編集部注:Cathyさんは2012年2月にご逝去されました。)

ファッションウィークの進化

NZFWのマネージング・ダイレクターのピエタ・スチュワートとは10年ほど前から知り合いで、当時彼女はファッション番組のプロデュースを手がけていました。それから様々なイベントで会う機会がありました。第一回目のファッションウィークの時、私はTV1でテレビ番組のプロデューサーとして仕事をしていました。そして、第二回目のファッションウィークに向けて組織を立て直す時に、ピエタと一緒に仕事をするチャンスを与えられました。 私が初めて参加した2002年のファッションウィークと今年のファッションウィークとでは色々な面で違いがはっきりと顕われていると思います。まず、一番大きな違いの一つは、4年前は海外のメディアを招待する為に連絡をとっても、なかなか相手にされませんでしたが、今は向こうからアプローチが多く、対応に困るほどになりました。 ロンドンのタイムズ紙のリサ・アームストロングが「新進ファッションウィークの中で最もエキサイティング」だとNZFWについて語ったことは、世界的にも大きくNZFWの信憑性を高めるものでした。彼女が心からそう思い、発言してくれたということは、大きな助けになりました。徐々に海外のファッション業界の人々の間で噂が広まり、興味を示す人が確実に増えています。 今年のファッションウィークはこれまでで一番オーガナイズがスムーズにできたと思います。最大のチャレンジはこのシステムを確率させることでした。同じレベルで物事を理解し、対応するシステムです。経験と積み重ねによって、運営の仕方もはっきりと解り、テンプレートが出来上がった今、物事が楽に運ぶようになりました。 ファッションウィークの大きな目的は、ニュージーランド・ファッションの認知度を世界的に高めることです。始めた当時、大きな難関はローカルメディアにNZFWが単なるお祭り騒ぎだけではなく、ビジネスであるということを理解してもらうことでした。海外のメディアやバイヤー、キーパーソンを通して、インターナショナルな評判を上げることがいかに大切かを理解してもらうことだったのです。 メディア・センターの仕事は、全てのメディアが仕事をし易い環境を整えることです。とかくわがままな海外のファッションプレスもNZFWのオーガナイズを高く評価してくれています。ショーが時間通りに始まることや、イベントのオーガナイズがしっかりしていることなども、いつも誉められるポイントです。ほとんどの方がニュージーランドを初めて訪れるので、とても楽しんで下さいます。また、ニュージーランドが予想以上に洗練されていること、人々がフレンドリーなことも喜ばれます。

ニュージーランド人のファッション意識の向上

ニュージーランドのローカルメディアは、イベントを盛り上げ、一般大衆の興味を集めることに大きな役割を果たしています。 ファッションウィークは本来関係者向けのイベントですが、一般の興味がこの4年の間に大きく膨れ上がりました。そして、我々もそれに応えることの重要性を理解し、もっと一般を巻き込んだイベントへと発展させています。昨年は2回行われた一般向けのショーも、今年は5回に増やされ、そのほとんどの席が完売されました。 5年前に比べ、NZ人のファッションに対する興味は何千倍にもなっていると思います。また、ファッションデザイナーの位置づけも変わってきています。今ではデザイナーはニュージーランドのセレブリティです。テレビにも出ていますし、チャリティにも参加しています。5年前に、道を通る人にニュージーランド・デザイナーの名前を挙げるように聞いても、何人が応えられたでしょうか?せいぜい一人か二人のデザイナーの名前が上げるのがやっとでしょう。今では、誰もが10人以上のデザイナーの名前を知っています。また、新しい才能の育成にも大きく貢献し、デザインスクールの学生たちもデザイナーを目指し、若い人達もこの産業での仕事を希望しています。若者が目指すロールモデルを与えるということは、すばらしいことです。 HailwoodやIPGが毎シーズンレベルアップして、ビジネスを発展させていることもとても嬉しいことです。VampやSaga SouloなどコマーシャルなブランドもNZFWを通じてビジネスを拡大し、オセアニアでとても大きく展開しています。海外にいる時に、ニュージーランドの服を見ると嬉しくなります。5年前はオールブラックスかアメリカズカップのジャージーくらいしか輸出していなかったのが、今では様々なファッションブランドを輸出するまでになりました。 個人的には一人のデザイナーの服を着るのではなく、色々なデザイナーの洋服を取り混ぜるのが好きです。ニュージーランドのデザイナーが作るものは大好きですが、全身一人のデザイナーのもので身を固める人の心理はよく理解できません。 今後はファッションウィークをこれまでよりも更に良くしていきたいと思っています。「ビガー」ではなく、「ベター」にしたい、とピエタともいつも話し合っています。デザイナーだけではなく、スポンサーをはじめ、すべての関係者に大きなメリットもたらすイベントになるよう、うまく育てて行きたいと思います。

ブロードキャスターを辞めたのはライフスタイルのチョイスから

私はウェリントンで生まれました。父は銀行に勤めていたので、転勤が多く、ニュージーランドの様々な町で育ちました。その為か、環境の変化には慣れっこです。ウェリントンのポリテクニックでジャーナリズムを勉強した後、ラジオのジャーナリストの仕事につきました。その後イタリアとロンドンでしばらく暮らし、戻って来てからずっとオークランドに住んでいます。 ジャーナリズムではラジオとテレビの仕事をしていました。TV1の夜10時のニュース、6時のニュースやスポーツ番組を担当していました。ニュージーランドで独自スポーツ番組を持つ、「初めての女性」だったのです。91年に産休をとった時、「スポーツナイト」は終了しました。 ジャーナリズムを離れる決断は、息子が2歳の時、ライフスタイルの選択をしたのです。テレビの仕事は時間も不規則ですし、週末も働くことが多かったので、規則的な時間内にできる仕事を求めて転職しました。主人もスポーツリポーターで、当時オールブラックスのメディアマネージャーをしていた為、出張も多く、留守がちでした。報道の仕事では規則的な生活は望めません。 ちょうどその時、当時リージェントホテル(現スタンフォードホテル)のPRをするチャンスを与えられ、そこからPR業務を始めたのです。その後、PR会社でソニーやディズニーなどを担当し、1997年に独立を決意、Drumというイベントとパブリシティの会社をジル・ビーズリーと共に設立しました。ニュージーランド・クリケットやベンドンなどの大手のクライアントを持ち、最初の一年間で多くの仕事を手がけました。 翌年に独自の会社、CCC(キャシー・キャンベル・コミュニケーションズ)を始めたのです。この時も単に、ライフスタイルのチョイスでした。朝、子供のお弁当作りをした後、主人か私が学校へ送り、それからオフィスで4時くらいまで仕事をします。ファッションウィークの期間中や寸前は、主人や友達が子供をみてくれます。 ファッションとのつながりはリージェントホテルにいた頃、毎月ファッションショーの催しを行っていました。そこでファッションの関係者たちとも親しくなり、デザイナーやモデルエージェントなどと知り合う機会に恵まれました。 ファッションウィークに携わりながらも、他のクライアントも多く持っています。現在はほとんどライフスタイル/ファッションのクライアントです。ボンベイサファイア・ジンや、モリーズというオークランドの高級プチホテル、競馬のオークランドレーシングクラブなどです。来年3月にオークランドカップがあり、そのイベントもメルボルンカップのようにファッショナブルなイベントにしていきたいと思っています。 今は3人フルタイムのスタッフをかかえているので、メディアトレーニングなどにもビジネスを広げて行きたいと思っています。メディアトレーナーはニュージーランドではまだあまりいないし、私のテレビのバックグラウンドを活かす、格好な場だと思います。

カテゴリ:PR他
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