毎朝、日の出前の3時に起き、4時にはオークランドのドミニオンロードにあるベーカリーに出勤している林敬太さん。ニュージーランドに来る約1ヶ月前まで日本のパン屋さんで働いていた。
Keita Hayashi
林 敬太
ベーカリー勤務 / bakery staff
1973 年生まれ。福岡県出身。大学卒業後、福岡と沖縄でパン製造に携わる。03年大学時代の友人がニュージーランドで暮らしていたことがキッカケとなり、ワーキングホリデー制度のことを知り、同年ニュージーランドに来る。仕事以外にはギターを弾いたり、カメラ持参で街や近くの山を散策するなど趣味も満喫して過ごしている。
パンに対する好奇心
私は沖縄の大学でデザインを専攻していました。趣味でもギターを弾いたり、写真を撮ったりするなど自らの手で感じたモノを表現したり、創り出すということが好きでした。大学を卒業して就職するときはモノを創り出すということと、単純に昔から好きだったパンに対する好奇心から、福岡のパン屋で働き出しました。周りからしてみれば大学を卒業してパン職人になる人などいませんから大変珍しく思われました。また、私は仕事をするまでパン作りをしたことはありません。まして、パン屋の世界は料理の世界と同様、厨房の世界です。技術を体で覚えなければいけません。ですから、入るときに1年間一生懸命やってみて自分が出来るか判断しようと考えました。
当然、オーブンでやけどをしたり、パンを焦がしてしまうなど多くの失敗をしました。1年間はあっという間に過ぎ、技術を身につけるどころか、わからないことばかりでしたが、私が働いていたパン屋の持つシステムと広く深い商品構成や多くの職人さんに触れたことでパンの魅力に惹かれ、続けることにしたのです。
その後、再び沖縄に移り、パン屋さんとして働いていた敬太さんは友人をキッカケにニュージーランドに興味を持つことになった。
学生時代を過ごしていた沖縄に舞い戻り、沖縄のパン屋に就職することができました。ここでも多くのことを学びました。それはパンそのもののことや人々の食生活とパンとの関わりなどです。
例えば、小麦を石でつぶして水で煮て、お粥のようにしたモノからナンやチャパティのように薄く伸ばして焼いたモノが作り出され、その後、生地を発酵させるということが発見されて、現在のパンの作り方が確立されたというパン製造の歴史。
また、パンは大きく分けて、リーンなパンとリッチなパンと呼ばれるパンの種類に分けることができます。リーンなパンは、小麦粉とイーストと呼ばれるパン生地をふくらませるための酵母、塩、水で作るパンのことです。日本のごはんのように毎日食べても決して飽きることはなく、噛めば噛むほどおいしくなるのがリーンなパンの特徴でフランスパンやドイツパンなどがこれにあたります。
リッチなパンは、リーンなパンの基本材料に卵や、バターなどの油脂分を生地に練りこんで焼いたパンのことです。砂糖や脂肪が豊富に含まれていて、白く、ふわふわとして食感がいいのが特徴です。いわゆる菓子パンがこれにあたります。
欧米型の食事を好んで良く取り入れる日本の都市部ではリーンなパンのニーズが高く、家庭の食卓にも広く浸透しているようで福岡でも良く選ばれていました。しかし、沖縄では、まだまだその感覚は薄くむしろリッチなパンがよく売れていました。菓子パンなどをおやつとして利用するための購入が多いように感じました。日本国内でも食文化の違いは興味深いものがありました。
そんな中、ニュージーランド在住の大学時代の友人が一時帰国していて会う機会があり、ワーキングホリデー制度や国の雰囲気などを聞くことができました。
そのことがキッカケとなり、パン職人としての知識や経験は、まだまだ道半ばではありましたが視野を広げるためにも思い切って海外に出ることを決心したのです。
2003年7月ニュージーランドにワーキングホリデーで来た。
大学時代の友人に会うまでは海外や英語とは一生無縁だと思っていました。それまで海外に出たこともありませんでした。そのため、私は大学時代の友人を頼りにオークランドに来ました。そして、着いてから3ヶ月ほど英語学校に通いました。
英語学校が終了するのが近づいた頃、知り合いからタイミングよく、求人募集をしているというパン屋の話が舞い込んできました。ニュージーランドに来た当初から知り合う人に日本での職歴を聞かれることが多く、パン屋として働いていたことと、この国でも機会があれば働いてみたいと話していたことが幸いしたのです。
早速お店に面接に行くと日本での経験やニュージーランドに来てどのくらいか、ということを聞かれました。オーナーからの質問で意外だったことはケーキも作れますか、と聞かれたことでした。それまで私は、ベーカリーという言葉は一般的にパン屋のことを指し、ベーカーというとパンを作る人のことだと思っていました。しかし、英語ではベーカリーはパンだけでなくケーキなども扱うといった幅広い意味を持っていることを知ったのでした。パン屋の経験しかない私でしたが面接の1週間後から働くことになりました。
早朝から出勤できるようにするため、職場近くのフラットに引越をした。
店はオークランドのドミニオンロード沿いに位置します。周りは日本人をはじめ、アジアの人々が好んで住んでいる地域で、街の中心から車で15分ほどという利便さから地元のキウィも多く住んでいます。近くにはショッピングセンターもあり、ベーカリーもあるのですが、私が働いているベーカリーとの方向性の違いから競合することはないようです。
周辺のベーカリーでは、リーンなパンやパイなどが中心であるのに対し、日本での経験を持つ韓国人オーナーによる、この店の商品は、あんパン、クリームパンなどの菓子パン中心のラインナップとシュークリーム、ロールケーキ、生クリームケーキなどの商品構成です。
昨年、The New Zealand Baking Societyが主催するコンテストの CAFE CAKE Sectionでは、優勝したほどでクリスマスケーキ、バースデーケーキ、さらにはウェディングケーキにも力を入れています。私の仕事は毎朝4時からはじまり、パンの製造を主に行います。
店では仕込み、一次発酵、分割、成形、最終発酵、焼成という作業を通常2日に分けて行い、1日目に分割までの作業を済ませて冷蔵しておいた生地を次の日に成形して焼きます。
生地を作る際には、ベーカーズパーセンテージと呼ばれる配合表を元に材料を混ぜます。例えば、仕込みが1・であれば小麦を100%として他の材料を加えて混ぜ合わせていくのです。
小麦粉は水を混ぜて練っていくとタンパク質がグルテンという網状の組織を形成し、弾力のある粘りが出ます。その網の中にイーストの発酵によって生まれるガスが入って膨らみます。最近日本で注目されている天然酵母など、イーストにもいろいろ種類がありますが、それぞれパンの風味が違ってくるため、使用量は少ないながらも重要な材料の一つと言えます。材料選びやそれぞれの店のやり方で同じ種類のパンでも大きな違いを持つのです。
そして、出来た生地を目的のパンに合わせて分割して、冷蔵庫で寝かし、一次発酵をさせ、次の日に冷蔵庫で冷やした生地を取り出し、常温に戻してから生成。最終発酵を行い、焼くのです。1日の作業には、その他にもパンの種類によって中に入れる具を仕込んだり、ケーキやクッキーなど他の商品の製造など、多くの仕事を行っています。
仕事場以外にも新たな発見が多いと言う。
二ュージーランドは移民が多い国です。そのため、スーパーなどで普通に見かけるパンも多種多様です。例えば、砂糖や牛乳などは使わず、小麦粉、イースト、塩、水だけで作られていて、形によってパリジャン、バゲット、バタール、ブールなどといろいろな呼び方を持つフランスパン。クラストと呼ばれるパンの表皮とクラムと呼ばれるパンの内側のやわらかい部分の割合と食感の違いを楽しめるパンです。
また、バターやマーガリンをパイ生地のように折り込んで焼き上げる、クロワッサンやデニッシュペストリー。パンを焼く直前に生地を一度ゆでるという作り方に大きな特徴があるベーグル。独特のもちもちした食感でチーズやサーモンなどをはさんで食べるのが一般的です。
日本ではなじみの薄いライ麦の入ったパンが多く見られることも海外ならではのことと感じますし、薄切りの食パンやスコーンが多いことから、この国の文化がイギリスの流れを受けていることを感じられます。パンを通して、国の食文化を想像することができるのです。
パンを主食とする、この国でいいベーカリーが近くにあるかどうかは都市生活のクオリティを左右する大切な要素だと感じます。パンには、炭水化物、たんぱく質、ビタミンB1、ビタミンB2などのビタミン類、カルシウム、鉄分などのミネラルが豊富に含まれています。ごはん、めん類など日本人の主食となる他の食品と比べても、パンに含まれる量がもっとも多くなっています。
また、パンは、カルシウム源となる牛乳、乳製品や、たんぱく源となる肉、魚類とも相性がよい食品です。いろいろな食品と組み合わせて食べることによって、バランスのよい食事をとることができます。最近、アジアからの移民によってパンのバリエーションを提案する店が増えているようです。
そのことは、この国の食文化が新しく展開していくキッカケになっていくと思います。
ニュージーランドに来て、仕事をする機会を得て、今まで意識することのなかった自分の日本で得た経験、知識、技術を誇りに思うことができました。同時に、さらに奥の深いパンの世界に、はまっていきそうで今後もパン職人として食文化に触れていきたいと思っています。