つぐさん
沖縄県出身。大学生の時に海外生活を意識するようになり、3年生に上がる直前で初のワーキングホリデーを経験。 帰国後は日本で就職し、結婚・育児に励む中、うつ病と診断される。療養、子育て、看病などさまざまな理由からニュージーランド移住を決意し、現在はシェフとして活躍中。ニュージーランドの情報を発信すべく、ブログも運営(http://realnewzealandlife.net)。
初のワーキングホリデーでカナダへ
一番最初に英語に触れたのは、自分がまだ保育園に通っていた頃です。当時中学生だった9歳上の姉が英語の授業でアルファベットを習ったらしく、家で練習していて。僕も一緒になって一生懸命覚えようとしていた記憶があります。また、沖縄出身ということもあり、外国人を見る機会というのも、ほかの日本人に比べると多かったかもしれません。「自分とは違う言葉を喋っている」ということに興味を持ったのが、自分にとってスタートラインだったと思っています。
自分が実際に英語を勉強するようになったのは、中学校に進学してからです。教えるのが上手な先生が担当だったということもあって「話せるようになりたい」という気持ちが強くなり、高校生になると学校にいた交換留学生と交流を持ったりするようになりました。実際に海外渡航をするということが現実味を帯びたのは大学生の時で、3年生に上がる前にワーキングホリデーに行くことにしたんです。
国はカナダ。最初はロッキー山脈があるバンフという所に行ったのですが、これがすごかった。自然が保護されている場所で、国立公園の中に街があるんです。そこでは日本から来たツアー参加者の動画を撮影したり、その編集や販売を行ったりする会社で働いていました。
もともとは英語力向上のための渡航だったので、日系企業で働くことに抵抗感を覚えたりするようなこともありましたね。でも、日本から就職先が決まったこと、そしてワーキングホリデーでできる仕事としては珍しい職種だったということで、雇ってもらうことにしたんです。
4カ月ほどバンフで仕事をした後は、少し国内旅行をしてから、モントリオールで大学付属の英語コースに通いました。
新しいライフスタイルを求め、移住を決意
大学を卒業してから約7年ほど、日本の人材コンサルティング会社で働いていました。そんな生活の中で、当時英語教師をしていたニュージーランド人の女性と出会い、結婚。子どもも生まれましたが、時間に追われる忙しい生活を送っていたある日、体調を崩してしまったんです。
最終的にはうつ病という診断を受け、偶然にも妻の仕事の契約が切れるタイミングが重なったこと、そして義母の具合が良くなかったということで、家族でニュージーランドに移住することに。妻としても、自分の子どもにはいろいろな国の文化や習慣に触れてほしいと考えていたようです。
ニュージーランド渡航後にまず滞在したのは、南島のダニーデンから車で約1時間ほどの場所にある、バルクルーサという小さな街。そこでは専業主夫として、心と体を休めることに専念しました。家族との時間も取れるようになり、心に余裕を持つことができるようになったと思います。でも、やはり半年ほどもすれば「働きたい」という気持ちが芽生えてくるんですよね。
ただ、日本とは違う環境ですから、本当にやりたいことがあるわけではなかった。どうしようかと思っていたところ、家のことをしているうちに家事の面白さに気付いたのです。特に料理はゼロからのスタート。レシピ本を片手にきっちり時間を測って作るという感じでした。
こうして興味を持つことができるものが見つかりました。もう少しその道を究めてみようと、近くにあったポリテクニックの食堂でキッチンハンドとして働かせてもらうことに。それが「やっぱり料理は、楽しい」と認識した瞬間でした。
「専門的に学びたい」ポリテクニック入学
恐らくニュージーランドでは、どこに行っても似たような感じかもしれませんが、コネがないと就職先を見つけるのにもひと苦労です。僕の場合は、人をたくさん採用しているような大手のスーパーマーケットやチェーン店からも仕事がもらえなくて。現地の高校生でも働き口があるのに、と非常に歯がゆい思いをした記憶があります。ニュージーランドでの就労経験が浅いということや推薦人がいないということが、移住してきたばかりの人にはネックになるんです。
それでも履歴書だけは提出するのですが、そもそも返事が戻ってこない。大きな壁を感じながらもやっとのことでポリテクニックでの仕事をもらえたのは、履歴書にちょっとした工夫をしたから。採用担当者にまずは興味を持ってもらえるよう、英語に翻訳した肉じゃがのレシピを添付したんです。シェフとしてのキャリアは、そこからスタートしました。
そして、1年ほどの期間を過ごしたバルクルーサを離れ、インバーカーギルへ移住。新たにキッチンハンドとして就職し、ファンクションの手伝いをさせてもらったり、サラダの盛り付けを担当したりしているうちに、料理を専門的に勉強したいと思うようになりました。
と、言うのも、実践で学ぶという意味では就職という道も良いことなのですが、働いているレストランのやり方や調理法にしか触れられないという弱点もあるんです。自分の将来を考えた時に、どの会社でも通用するようにしておきたかった。だから、実践だけでなく理論を学ぶために、ポリテクニックに入学することにしました。
コーディネーションスキルを習得
ポリテクニックに通ったのは、約1年半ほど。調理師コースでは主に、座学と実践を通して知識を深めていくことになります。座学ではアレルギーや衛生、食中毒、食材の保存方法、扱い方などについて習い、実践ではひたすら調理実習。
当時は知人に紹介してもらったカフェでパートタイムの仕事をしていたのですが、学校で得た知識を実践で試せる良い機会でもありましたね。
いろいろ経験していく中で、特に身になったのはコーディネーション。例えば、試験で「ステーキを作る」というテーマが出されたとします。これは単に肉を焼けばいいということではなく、料理として提供するというところまでが課題なんです。つまり、ほかのタスクと同時並行で業務をこなすコーディネーション能力が必要不可欠。これは仕事をしている今でも役に立っていると感じています。
また、結果的には僕は現場での実践から就学という流れで今に至るわけですが、もちろん逆というパターンもあります。ただ、この2つには実践力を養ううえで決定的な違いがあって。現場ではもちろん、注文が入るたびに同じ料理を繰り返し作ることになります。でも学校では基本的に、一度学んだらそれで終わり。資格を持って学校を出たからといって、すぐに即戦力になるのは難しいでしょう。何事も反復練習が必要なんです。
資格と実践経験、もちろんどちらも大切なことですが、何を優先すべきかは自分で考えて、選ぶべきだと思っています。
「シェフ+カウンセリングで活動したい」
今はポリテクニックに通う前に働いていたレストランで、スー・シェフ(Sous Chef)をしています。主な仕事内容は、調理はもちろん、下ごしらえのプランニングやリストの作成、準備、指示出し、発注管理など。
オークランドの大都市は一年を通して忙しいのだと思いますが、南島では夏が繁忙期で、冬に向かうに従い、忙しさも落ち着いてきます。そんなときは、きっちんに入るのが2人ほどまでに減ってしまうので、スー・シェフとはいえ全体的に業務をこなさなければなりません。もちろん、必要があれば皿洗いもやります。
また、僕はもともと学生時代にはチームプレーのスポーツをやっていたのですが、チームで何かを達成したときの喜びは、キッチンで感じるものと相通じるような気がしますね。例えば、とても忙しいとき。みんなで助け合いながらなんとかその時間を乗り越えた達成感といったら、ほかでは味わうことができません。毎日、継続して達成感が得られるというのも、シェフならではの良いところ。
今後もシェフとして仕事の枠を広げていきたいし、今はカウンセリングの勉強もしているので、自分自身の経験を生かせる場を作り、カウンセリング活動にも力を入れていきたいと思っています。