Vol.195Career Interview

心臓外科医 月岡祐介さん

父親をきっかけに志した医療の道で 海外経験を積み掴んだ夢 心臓外科医としての誇りを胸に 憧れの人がいた場所へ


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月岡祐介(つきおか ゆうすけ)さん

 熊本県出身。獣医だった父親の影響で医療の道に入り、初期研修を経て心臓外科医を志す。2014年には全国から集まった心臓外科医が参加する大会「冠動脈バイパス術コンテスト」で優勝。現在は「若手心臓外科医の会」の留学ブログ(http://jaycs.jp/blog/?cat=6)において、ニュージーランド代表として医療および生活の情報を発信中。

日本で医学部を卒業 心臓外科医になる

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 日本では実家が動物専門の病院で、白衣を着ている父の姿に憧れを感じ、もともとは獣医を目指していたんです。「自分もきっと将来は父のようになるのだろう」と漠然と思っていたのですが、当時は周りにあまり獣医学を専門に学べる学校が多くなくて。周囲のアドバイスなどもあり、同じ医療の道でも人を診る医師という仕事を選ぶことにして、高校を卒業した後は大学の医学部に進学しました。
 医学部には通常6年間通うことになりますが、一言で医師といっても範囲は広いので、勉強の内容 は一般教養から語学、実習までさまざまです。僕は当時あまり真面目とはいえない方で、成績は同学年に在籍していた学生100名中ワースト3位。4年生の時に受講しなければいけない解剖の授業の出席率も悪く、ほとんど単位を落とす直前という崖っぷちの状態でした。今でも自分が外科医として海外で働けているのは奇跡的なことだと思っています。
 日本では医学部を卒業すると最初の2年間を「初期研修医」として過ごし、いろいろな科を回って経験を積む中で、最終的に自分が究めたい分野を決定することになります。僕の場合は子どもが好きだったということもあり、当初は小児科志望でした。でも実際に働いてみると、子どもよりも親の対応にいっぱいいっぱいになってしまって、ずっと働き続けるのは難しいと感じたんです。
 それで患者さんと適度な距離を保つことができる分野を吟味した結果、外科系という答えに辿り着きました。ただ、手術をしても再発の恐れがあるがんを扱うのは気が進まず、自分の中では一般外科というのは選択肢から外れました。他に残っていたのが整形外科と心臓外科で、整形外科は当時、就業時間外の付き合いが多いと聞いていたため除外したんです。だから心臓外科を選んだのは消去法でした。

公衆衛生学を学ぶためにイギリスに渡航

 日本で7~8年ほど心臓外科医として医療に従事していた中で、2014年には「冠動脈バイパス術コンテスト」という若手心臓外科医が集まる大会に参加し、優勝することもできました。その後は一度お休みをいただいて海外留学を経験。国は、僕が専攻することになっていた「公衆衛生学(Public Health)」の本場でもあるイギリスです。
 次第に日本でも浸透してきてはいますが、当時はあまり認知されていなかった公衆衛生という分野では、例えば「インフルエンザをどのように予防するか」「貧しい人のために医療をどうコーディネートするか」といったようなことを学びます。やはり海外の方が活躍の場が多いということで、公衆衛生学を専攻した学生は国連に所属したりして貧しい国や地域の健康増進に努める人が多いというような印象です。
 公衆衛生を学ぶことは、僕にとって重要なことでした。心臓外科医というのは患者と一対一で話すことがほとんどで、どうしても視野が狭くなりがちなんです。だから医療を包括的な視点から見られるようになるために、人生で初めての海外留学を決行しました。
 大学院進学にあたり必要だったIELTSスコアはオーバーオールで7.0。日本で働いていた時はとても忙しかったので英語学習のために時間を取るというのが難しく、当直をしている時や通勤中などの合間を縫って勉強し、4回ほど受験してようやく達成することができました。しかしIELTSへの挑戦はまだまだ終わりません。

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「憧れに近づきたい」ニュージーランドへ

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 1年間の留学を終えて次に挑戦したいと思っていたのは、ニュージーランドへの渡航でした。実はニュージーランドは、医療面では世界の中でも非常に優れた国なんです。今僕が勤務している「オークランド市立病院(旧グリーンレーン病院)」には過去に、「神の手」といわれ、その半生が漫画にもなっている佐野俊二先生や昭和大学の山口教授など、有名な日本人外科医の先生方が勤めていらっしゃったりしたほどで、いつかは自分も海外で経験を積みたいと思うようになりました。
 それでイギリス留学中に、ニュージーランドをはじめ、オーストラリアやマレーシア、シンガポールといった医学の進んでいる国に点在している20~30ほどの病院に履歴書を送付して。するとオーストラリアのブリスベンにある「ザ・プリンス・チャールズ病院(The Prince Charles Hospital)」から反応があり、研修をさせてもらうことになりました。
 渡航して海外での実務経験を積んでいるうちに返事が戻ってきたのが、オークランド市立病院。ただ、過去に外国人医師によるコミュニケーションに関連したトラブルで訴訟問題に発展したことがあるようで、2007年からIELTSの最低基準がスピーキングとリスニングが7.5、ライティングとリーディングが7.0になってしまったんです。それが理由で、オ ークランド市立病院には日本人医師がほとんどいない状態でした。僕の場合はニュージーランド渡航は当初からの憧れだったので、イギリス留学中に改めてIELTSを5回受け、なんとかクリアしました。
 それでもなお、オーストラリアでの研修を経てニュージーランド渡航に至った今でも、医療ではミスが許されないだけに、英語で勤務を全うすることの難しさを日々痛感しています。

負担軽減で手術に専念できる環境

 今はオークランド市立病院の心臓胸部外科で「シニアレジストラー(Senior Registrar)」として働いています。日本では大学を卒業した後の2年間が初期研修医、その後およそ3年間の後期研修医を経験し、専門医の資格を取得するという流れになるのに対して、ニュージーランドでは2~3年間が初期研修医、その後はレジストラー。レジストラーの中でも経験の長い人たちをシニアレジストラーといい、10年ほど経験を積んだ後、「コンサルタント」と呼ばれる専門医になります。
 2~10年目以降までレジストラーとして過ごすことになるので、日本の後期研修医と相対的に見る と、ニュージーランドのシニアレジストラーの方が経験豊富。僕の場合は、日本ではすでに心臓外科専門医の資格を取得しているので、ニュージーランドでもコンサルタントになれるよう、日々邁進中です。
 このような肩書の違いだけでなく、ニュージーランドの病院に勤務するようになって驚いたのは、医師の負担の少なさ。日本ではまず何といっても労働時間が長く、過労死が問題になるケースもあります。僕自身、当時は週に80~100時間もの勤務になってしまっていたのに対して、今では60時間程度です。週休2日制で年に28日間の有給休暇も取れるため、ワークライフバランスが非常に充実していると感じています。
 医師の負担の軽減が実現できる理由の一つとして日本だと医師は一般病棟の患者や外来の対応から、診断書や紹介状の作成などといったペーパーワークまで全て行わなければいけないところ、ニュージーランドでは、優秀な研修医がそのほとんどをこなしてくれます。また、看護師に大きな裁量を与えられているというのもポイント。みんなが自 ら判断して動いてくれるので、外科医は手術に専念できるんです。

外国人医師とぶつかり合うプライド

 ニュージーランドにいる心臓外科医の技術は高いと思います。手術に掛ける時間も短いですし、僕にとっては時としてやり方やコンセプトの違いに戸惑うことはあるものの、文化に合わせてよくオーガナイズされているな、と。ただ、現在オークランド市立病院に所属しているレジストラーは9人で、2人を除いてはインドとロシア、日本と、海外で専門医をしてきた医師たちなのでプライドが高く、ぶつかり合ってしまうことも少なくありません。
 特に僕は日本で受けたトレーニングの質が良かったおかげで、ドナーの心臓や肺を摘出しに行く「採取係」に任命され、飛行機やヘリコプターを乗り継いでダニーデンやインバーカーギルの方まで行くこともしばしば。以来、同僚たちの態度が少しよそよそしくなったりもしましたが、できるだけ自分からコミュニケーションを取るように心掛けています。
 そして今では仕事と同時進行で、「若手心臓外科医の会」の一員として、ブログ執筆にも挑戦しています。執筆者はほかにもアメリカやタイ、カナダといった海外で活躍している若い心臓外科医た ち。今後はこういった活動を通して、日本で暮らす人たちに少しでも海外の医療事情を理解していってもらえるよう、情報を発信していけたらと思っています。

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カテゴリ:Career Interview
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